南相馬の仲間から、「今も避難所にいるが、地震と津波と原発の三重苦で動きがとれない。特に原発が今のままでは、瓦礫除去や復興作業も出来ず、将来への展望も持てず、生殺し状態だ。」と連絡がありました。そして話し合う内に、この問題は、南相馬だけのことではなく、大変な問題を含んでいると思うようになりました。
先日も、福島第一原発の吉田昌郎所長が、決死の覚悟をもって原発放射能汚染の沈静化に努めている中、もしこの間に同じような大地震が起き、再度津波が襲ってきたときは、防ぎようのない事態になると話されました。それは、東京を含む関東エリア全土が被災する可能性もあることを意味しています。
また、万が一、浜岡原発が地震や津波で破損した時は、今度は、私たち東海地方も福島と同じ状況になる可能性があることも分かりました。そして4月11日には、以前、掃除仲間だった静岡県湖西市の三上元市長が、現役市長として、逸早く原発反対運動の声明を発表しました。
これまで原子力発電は、もっとも地球に優しく、安心安全なエネルギーとのふれこみで、世界中の科学技術の粋を集めて推進されてきました。しかし人間は、自然の猛威には勝てなかったのです。この原発の事故を契機に、私たちはもう一度、これまでの生き方を見直さなければいけないと思います。
私たち日本人は、これまでの歴史の中でも幾多の天災に遭ってきました。しかし、自然を敬う気持ちを忘れず、災害を乗り越えてきました。それは、四季を持った島国で、農耕民族として自然と共生していく文化を育んできたからでもあります。
しかしながら、戦後の行き過ぎた西洋的個人主義の生き方は、自己中心主義が幅をきかせ、他を征服することで幸せを得られるとの思いで、お金中心、利益中心の考え方が先行し、環境破壊を起こしてきてしまったのです。
また、豊かさを求めて西洋式の合理化と効率主義を取り入れ、自然をコントロールするほどの科学技術を追究し、幸せを享受してきたはずが、やはり自然をコントロールすることは出来なかったのです。
もう一つ、今回はっきりしたことがあります。それは、システムやマニュアルがしっかりしていれば物事は成り立つはずが、想定外のことが起きた場合、それらは全く機能しないということが明確になりました。そして、システムが稼動しなくなると、カーナビを外されたような状況下に置かれ、右往左往し、再構築は難しく、結局は人間力に頼らなければ解決への道が開けないことも分かりました。
今回の震災で、何が幸せなのか、みんな考えていると思います。それは、どんな状況であっても家族のこと、そして、生まれた土地に住めることではないでしょうか。もっと言えば、日本を住み続けられる国にしなければならないということです。その為の、科学技術であり、経営であってほしいと願います。
近い将来、日本から原発をなくし、新しいエネルギーを作りだして、日本を再生していく技術開発こそ、世界のためになることであり、今回の震災から学ぶことでもあると思います。確かに、当面、エネルギーコストは高くなり、生活は不便になるかもしれませんが、子孫のためにも、美しい国土を守り、自然と共に心豊かに生きていける生き方への転換を願っています。